インタビュー

(写真:左側) 白木利周様 NPO法人阪神淡路大震災1.17希望の灯り 理事長
(写真:右側) 大下幸夫様 NPO法人阪神淡路大震災1.17希望の灯り 専務理事 事務局長

◆ NPO法人阪神淡路大震災1.17希望の灯り(HANDS)

非営利活動法人阪神淡路大震災「1.17希望の灯り」「がんばろう!神戸」「はるかのひまわり」など、俳優の堀内正美さんを中心に阪神淡路大震災の遺族や被災者らが大震災の苦しみの中、国籍や宗教、肩書きの違いを超えて助け合い支えあった「心」を次世代に語り継ぎ、世界へ伝え広げる仕組みを作ろうと、被災地だけでなく、全国そして世界からの参加を呼びかけている団体です。担当は俳優の堀内正美さん 加藤いつかさん。

▼ NPO法人阪神淡路大震災1.17希望の灯りのHPはこちら
http://www1.plala.or.jp/monument/

どのような活動をされていますか?

阪神淡路大震災のご遺族が中心となり始まりました。俳優の堀内正美さんが、震災後に「がんばろう神戸」を立ち上げ、色々なことをおやりになったその中からご遺族との出会いがあり、震災当時は引きこもりがちだった方々が表に出てきて、各地に震災モニュメントができそのモニュメントをまわりながら(震災モニュメントウォーク)、お互いに話し合いをしたり慰めあったりしていたのが始まりです。現在は定期的に年に4回ずつくらいウォークを行っています。

神戸では子どもが殺されたり、明石での歩道橋事件も重なりましたので、震災の遺族だけではなく、事件事故で命を失われた方も一緒に命の大切さを伝えようという活動をしています。

行政から援助はもらっていませんが、言うことややることはやっています。
以前の事務所は北区近辺にありましたが、活動の拠点が神戸の中心地のためしょっちゅうイベント等に駆り出され、事務所を空けてしまうことが多く、お問い合わせいただいた方や足を運んでくださった方がいたと思いますが、残念ながら対応しきれなかったため事務所を移転しました。

運動としてはウォークを中心に活動しています。
震災で家族を亡くされたり家を無くしたりして辛い思いをしましたが、その時に支えてくれた温かみや人とのつながりをできたら若い人たちに伝え広げたいと思っています。

白木理事長はご子息を亡くされていますので、特に若い方たちにこの思いを伝え広げようとしています。

他にも震災体験学習の予約が入ってきたりしています。 神戸にも観光案内がありますが、観光案内と震災体験談を話しながらだと、つい思いが入ってしまい話が長くなってしまい、スムーズに案内ができずHANDSさんとはやりたくないと言われたこともあります(笑)

加藤いつかさん(はるかちゃんのお姉さん)が震災時に中3でしたので、彼女が学生に直接体験談をした方が耳を傾けてくれています。

現在、神戸で震災の状況(跡地)は3箇所しか残っていません。私達が震災時にどういう思いで過ごしたのか、仲間が大切なことの話をしていかないといけません。

修学旅行生は多いですか?

はい、とても多いです。
HANDSが窓口になる場合と観光ボランティアが窓口になる場合があります。5月、6月、9月、10月はどこに行っても修学旅行生に会います。しかし、200人の学生に対して震災体験談を話しても時間がかかりますし、話も行き届かない場合があるんです。

今は少しずつ変わってきていて、グループに分かれて目的に応じてそれぞれが自分達で調べて学習するということがあります。
私達としては、自分達がこういうことを知りたいと目的をもってきてくれるほうがやりやすいです。

現在は、中部・東海地区での地震が起きるかもしれないと言われているのもありますが、中部地区の学生さんが多いです。みなさん地震に対して関心があるのではないでしょうか。

先日、島根の学校の震災体験学習を受け入れたのですが、マスコミの記者の方達が神戸で震災を体験されて、島根で震災の話をして学生が神戸に行きたいということになり、体験学習が実現しました。震災のことは忘れられていますが、記者の方たちが語り継いでくれているようですね。

震災のなごり(跡地)が3箇所あるとのことですが。

街の中で震災跡地が残っているのは、神戸港にあるメリケンパーク(波止場)、ちぎれた状態で残されている鉄の橋脚、神戸東遊園地内のモニュメントが場所に段差ができている所です。

震災モニュメントに刻まれている碑文は堀内が考えました。最近では、学生さんが書きとめて帰るということもあります。

白木: 震災から12年経ちますが、震災以降に生まれた方、引越し・転勤などで、震災を体験していない人は1/3近くになるんです。

震災モニュメントウォークや震災のことに対する活動をしていると、なぜ今更震災のことを言うのかと言われてしまうんです。仕方のないことかもしれませんが、私達は震災があったことを伝えていかなければいけないと思っています。

震災から7~8年経ったときにマスコミが「風化」ということ言い始めました。風化という言葉をつくり出したのは震災後です。

一人でも二人でも震災のことを語り継ぐ活動をしていれば、風化ではないと思っています。震災を知っている人たちは風化という言葉を使いません。知らない人が風化という言葉を使っています。

小さな力でも、一人になっても活動はしていかなければと思っています。
以前より「はるかのひまわり」の種を配布する活動をしており、震災学習の時に修学旅行生にもお渡ししています。

マスコミにもご協力いただき、新聞掲載などでPR活動をしてはいますが、リボンマグネットももっとアピールしていきたいですね。

現在、ボランティアの方は何人くらいいらっしゃるんですか?

正会員150名、賛助会員1500名です。

語り部やひまわりのたねの袋詰めをして頂いています。
また、HANDSでは男性のみのおやじの会がありますが、女性のみのはこべの会というのもあります。はこべの会のみなさんにひまわりのたねの袋詰めをしてもらっています。

泊まりがけで会を開き、交流をはかりながら熱心に活動しています。
おやじの会では、普段男性はなかなか泣けないのですが、辛い思いを分かち合いながら交流を深めています。

また年が明けて、震災日が近づいていますね。

リボンマグネットをもっとイベント等でPRして販売しみなさんに伝えられたらと思います。
スマトラ沖地震、新潟県中越沖地震、豊岡台風災害のときに義援金として使って欲しいと思っていて「自分達の手で届けたい」と言ったことがものすごい反響を呼んだのです。マスコミからいつ持っていくのかと言われてしまいました。

私達も義援金の意味合いを理解していなかったのですが、私達が望む、末端のところまで届けたいということは不可能だったのです。
初めはお金を渡していたが、何に使われたのかが分からない状態でした。

だから、現場の人が何を必要としているのかを訊ねることにしました。。直接聞くことでその都度必要なものを買い渡しました。

震災モニュメントについてお聞かせ下さい。

北区にある神戸東遊園地内の「1.17希望の灯り」を月2回掃除をしています。そのに亡くなられた方の名前を入れた名盤がありますが、役所の管轄ですので、神戸市の住民か神戸市で被災した人しか記載されていません。1.17のイベント時に市外の方が集まったときに自分の身内が記載されていないということで、堀内さんがそれでは記載しようということになり、審査をして、震災が原因で亡くなられた方も名盤に名前を入れてもいいという人の名前を記載しています。

行政にやってもらうのではなく、自分達でやるんです。

みなさんが寄稿した本が出版されたのですね。

神戸の写真家山崎エリナさんが写真集に震災の遺族のコメントを載せたいということで本を発売しました。
突然のことだったので大変でしたが、みんなの協力のおかげでコメントが集められたので良かったです。

「千の風になって」の詩の内容には反発や批判的な意見もありましたが、絶えず自分達の周りにいるんだと思いたいし思っている人もいるんです。

私の文章は一番長かったので、編集者にカットしてくださいと言ったんですが、全部載ってしまいました。

リボンマグネットに対して周りの反応はいかがですか?

販売開始して1年になりますが、まだまだだと思います。今後はブログに載せてみたりイベントなどで趣旨を理解してもらえるようにしていきたいと思います。

このインタビューページを見た人にメッセージをお願いします。

それぞれの思いがそれぞれの人たちにあります。このリボンマグネットを見て、震災の時の命の大切さ、お互いに助け合ったこと、慰めあった思いがでてくれればいいと思います。

ひまわりですから、辛い思いはしたが明るいという思いが伝わればと思います。

ひまわりがどんどん広がってくれることにより、震災を通して命の大切さ、生きていることの喜び、思いが伝ってくれたらいいなと思います。

震災はいつ起こるかわかりません。明日かもしれません。そういう思いをみなさんも考えて頂ければと思います。

阪神淡路大震災 1.17希望の灯り様、
ありがとうございました。


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